この数日、新聞等で死刑についてしばしば読み読みするものですから、ちょと思うところを記します。
まず、死刑制度の賛否については個人の信条、価値観、体験が大きく左右すると思われますから、あくまで私一個人の見解であるとご了承ください。
まず結論から言えば、私は死刑制度に大反対でする。
理由は三点あります。
まず第一に、私たち人類社会は様々な時代、地域によって大きく価値観を変じてきました。
しかし、人の命を大切にしよう、という価値観はどの文明、時代でも尊重されてきました。
よって人の命を奪うという行為に対して、最大限の処罰が科されるのはしかたがない。。。のかもしれません。
しかし!! なのです。
処罰を行うとして、こういった処罰が正しいと人々がナットクするのは、処罰する側つまり国家権力が一応正しいから、という合意が存在するからです。
いかに報復とはいえ、国家権力側が死刑によって人の命を奪うという、犯罪者と同じ行為をしてしまっては、自らの正当性に揺らぎが生じてしまいます。
国家は正しいことをする(という合意がある)から、国家からの処罰に甘んじているのに、国家自身が正しいことを行わなくなってしまったら誰が国家の判断に従うでしょう。
第二に、裁判は人間が判断するものですから、100%絶対確実!!ということは難しいです。
つまり、誤判の可能性が常につきまといます。
死刑は他の刑罰と異なり、一度執行してしまうと後がないものです。
裁判というのは、判決を下すときに存在した資料、証言から判断するのですから、何十年か後になって、あのときの死刑判決は間違いだったよ、ごめんね!! とかいわれても取り返しがつきません。
被害者の方々の心情をくめば迅速な裁判が要求されるのは当然です。
しかし、即刻処刑!!というような性急な解決法に頼りすぎるのは危険でする。
第三に、人間は学習する能力があるのだから、どんな極悪人であっても善なる人に変ることができる(かも!!)という希望、期待があります。
死刑制度はルールに反した者を排斥することで、たしかに即効性があります。
しかし、いくら極悪人だからといって異分子を排除し続けていったのではキリがありません。
死刑制度は問答無用で上記のような希望、期待を無にするため、実に悲しい刑罰といえます。
以上三点から、私は猛烈に死刑制度に反対するのですが、今、我が国の世論の大勢はもっと厳罰化をすすめるべきだ!! といううねりの中にいるようです。
なんと!!
今日はそれだけなのです!!
わあああああああああ!!
4 月 24
4 月 24th, 2008 at 19:25
確かに、非常にむずかしい問題ですね。
被害者などの立場になれば死刑になっても
不足である、という気持ちもあるでしょうし・・・・
4 月 24th, 2008 at 21:13
まああああああ!!
ロンさんでする!!
いつもありがとうございます。
はいです。とはいえ民主国家では死刑制度はなじまない、と個人的には考えております。
理由は死刑制度は話し合いを否定した最終手段だからなのです。